東京地方裁判所 昭和40年(ワ)8202号 判決 1968年9月18日
原告 角田光枝
右訴訟代理人弁護士 田中義之助
同 湯浅実
同 渡辺真一
被告 大和証券投資信託販売株式会社
右訴訟代理人弁護士 沢田喜道
同 高橋梅夫
主文
被告は原告に対し、金一、一一三、六〇〇円及びこれに対する昭和三七年五月一九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
一、請求の趣旨
主文同旨。
二、請求の趣旨に対する答弁
請求棄却。
三、請求の原因
(一) 被告は証券投資信託受益証券の売買、取次、媒介等を業とする会社であるが、原告は、昭和三六年九月頃、被告に対し当時被告が売出中の大和証券投資信託委託株式会社発行のヒノマル投資信託受益証券第一〇八回二四〇口の買付を委託し、その申込証拠金一二〇万円を被告に支払った。
(二) 被告は、右委託に基き、右受益証券二四〇口を買付けてこれを原告のため保管していたが、昭和三七年三月六日頃原告の委託により、これを売却した上、その売得金で更に前記ヒノマル投資信託受益証券第一一三回二四〇口を買付け、これを原告のため保管していた。
(三) 訴外平山宏、同上田米弘はいずれも被告の従業員であってその証券外務員の地位を有するものであるが、両名共謀の上、被告において保管中の右受益証券を原告に無断で被告より交付を受け、これを資金として他に投資して利益を得ようと企て、昭和三七年五月一五日頃、原告名義の受領証を偽造して被告より前記受益証券の交付を受け、同月一八日頃これを他に売却してその売得金一、一一三、六〇〇円を取得した。右訴外人等の行為は、全く原告の承諾なしにほしいままになしたものであるから、原告に対する不法行為であること明らかである。
(四) 右訴外人等は、被告の証券外務員として顧客の委託を受けて被告より受益証券の交付を受ける職務権限を有していたものであるから、右行為は被告の業務の執行につきなされたものであって、被告は使用者として右不法行為により原告が受けた損害を賠償する責任がある。
(五) 原告は、右不法行為により、少くとも前記訴外人等が取得した受益証券の売得金一、一一三、六〇〇円相当の損害を受けた。
(六) よって原告は被告に対し右損害額金一、一一三、六〇〇円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和三七年五月一九日から右支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四、請求原因に対する被告の答弁
(一) 請求原因(一)項記載の事実のうち、買付委託の月日を否認し、その余を認める。
(二) 請求原因第(二)項記載の事実を認める。
(三) 同第(三)項記載の事実のうち、訴外平山、同上田が被告の従業員でありその証券外務員の地位を有することを認め、その余を否認する。
(四) 請求原因第(四)項記載の事実を否認する。
(五) 同第(五)項記載の事実を否認する。
五、被告の仮定抗弁
(一) (時効の抗弁)<省略>。
(二) (更改の主張) 昭和四〇年四月二二日、原告と訴外平山、同上田との間に、本件不法行為による損害賠償債務につき債務者を被告を除外した右訴外人両名とする旨の更改契約がなされたので、被告の損害賠償債務は消滅した。
六、仮定抗弁に対する原告の答弁
(一)(時効の抗弁) 記載の事実を否認する。
(二)(更改の主張) 記載の事実を否認する。
七、証拠<省略>。
理由
一、請求原因第(一)項(但し、買付委託の月日を除く)、同第(二)項記載の各事実については当事者間に争がない。
成立に争のない乙第一号証の一、三(ヒノマル投資信託申込証拠金領収証)によれば、右買付委託は昭和三六年一〇月四日頃であることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
二、そこで、請求原因第(三)項の訴外平山宏、同上田米弘の不法行為の成否につき判断する。
<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。即ち、訴外平山は、昭和三六年七月被告会社に入社し、同会社の投資信託販売の仕事に従事していたが、その母訴外平山くにが原告の同級生であったため、入社当初より原告の係りとなり、毎月一、二回原告の勤務する落合小学校を訪れては原告より集金し、その集金で被告会社の販売する投資信託を買付け、その受益証券を原告に交付するといった仕事を続けていたが、原告が野村証券株式会社発行の投資信託受益証券第一〇六回二五五口を持っていることを知り、自己の成績をあげるため原告にその乗りかえ方をすすめ、同人の承諾を得てこれを売却し、その売得金で被告会社のヒノマル投資信託受益証券第一〇八回二四〇口を買付けた。その後右平山は被告会社浜松支店に転勤することになったが、その直前の昭和三七年三月六日、東京における最後の成績をあげるため、原告の承諾を得て右受益証券を売却し新らたに被告会社のヒノマル投資信託受益証券第一一三回二四〇口を買付けた。訴外平山が原告から投資信託の買付委託を受けてその代金等を受取る場合、甲第一ないし第五号証の各一、二のとおり自己の名刺の裏面に仮領収証として現金又は証券等を受領した旨を記載して原告に交付し、被告会社受渡課に右現金等を納めて投資信託申込証拠金領収証を発行してもらいこれを原告に交付するか、又は原告において受益証券の交付を希望する場合は、これが作成されるまでの約二ケ月の間右領収証を手先に保管し、受益証券が発行された後これと引換えて原告に交付するという取扱いをしていた。被告会社の投資信託申込証拠金領収証は乙第一号証の一、二のとおり、その表面は被告会社作成名義の申込証拠金の領収証(信託設定後は払込金領収証)であるが、裏面は投資信託受益証券の受領証となっており、この領収証と引換えにのみ受益証券が交付される取扱いであって、訴外平山等被告会社の外務員はこの領収証を受益証券の預り証と呼んでいたのであるが、原告の委託により買付けた前記ヒノマル投資信託受益証券第一一三回二四〇口については訴外平山が浜松支店転勤の直前であったため、右申込証拠金領収証すら発行されないまま同人は浜松に赴任した。
訴外上田米弘は被告会社の外務員として訴外平山の原告の係りを引継いだものであるが、右のような経緯で買付けられたヒノマル投資信託受益証券第一一三回二四〇口につきその申込証拠金領収証(乙第九号証の一、二)が訴外平山の転勤後被告会社より発行されたため、原告係の外務員として原告に交付すべくこれを保管中、勝手にこれを処分して自己の株式取引の資金にしようと考え、昭和三七年五月一五日右領収証の裏面(前同号の二)の受領証欄にほしいままに原告の氏名を記入し、別に買求めていた「角田」という三文印を押捺して原告名義の受益証券の受領証を偽造し、これを被告会社の担当者に提出してヒノマル投資信託受益証券第一一三回二四〇口の交付を受け、更に同日訴外三沢屋証券より右受益証券の売却依頼があったとして被告会社担当者に受益証券を提出して売付の注文をなし同月一八日他の一〇口の受益証券とあわせ二五〇口の受益証券売却代金として合計金一、一六八、二四五円を被告会社担当者より受取るに際し、原告名義の領収証(乙第一〇号証)を前同様偽造してこれを受領し、この代金をもって前記三沢屋証券において自己のため株式の売買取引をしたものであること、以上の事実が認められる。<証拠省略>
そうすると、訴外上田は、原告の承諾を得ずその所有にかかる受益証券をほしいままに引出し売却処分したものとして不法に原告の権利を侵害したものというべきは明らかである。而して、同人の右行為により原告が受けた損害は同人が右受益証券の売却代金として受領した金一、一六八、二四五円中の二四〇口分、即ち金一、一二一、五一五円であること亦明らかというべきである。従って請求原因第(三)項は右の限度において理由がある。
三、そこで進んで、請求原因第(四)項の被告の使用者責任の存否につき検討する。
<証拠>を総合すれば、訴外上山が被告会社の外務員として、顧客より投資信託申込証拠金領収証を受取ってこれを会社に取次ぎ、引換えに会社より投資信託受益証券の発行を受けてこれを顧客に交付する職務権限及び顧客より投資信託受益証券の売付の委託を受け、その受益証券を受取ってこれを会社に取次ぎ、その売却代金を受領してこれを顧客に交付する職務権限を有していたことを認めるに十分である。
果してそうだとすれば、原告の申込証拠金領収証を利用してその受益証券を売却処分した訴外上田の前記行為は、被告会社の業務の執行につきなされたものというべく、被告会社は使用者として、右行為により原告の蒙った前認定の損害金一、一二一、五一五円を賠償する義務あるものといわなければならない。
四、次に被告の時効の抗弁につき判断するに、原告が遅くとも昭和三七年八月頃までには訴外上田の本件不法行為がなされ損害が発生したことを知っていた旨の被告の主張事実を認めるに足る証拠はない。かえって<証拠>を総合すれば、昭和三八年一月頃においてすら、原告は訴外上田の前記不法行為がなされた事実を知っていなかったことが推認される。従って被告の右時効の抗弁は理由がないというべきである。
五、更に被告は更改の抗弁を主張する。成程、成立に争のない乙第五号証(借用証書によれば、昭和四〇年四月二二日訴外平山宏作成名義にて、同訴外人が金五六万円、訴外上田米弘が金七〇万円合計金一二六万円を原告より借用している旨の借用証書が作成されたことは認められるが、これが被告会社の使用者責任を免除する趣旨であったことを認めるに足る証拠はない。
従って、被告の右主張も又、理由がないといわなければならない。
六、以上の次第であって、被告会社は訴外上田の不法行為によって生じた原告の損害金一、一二一、五一五円及びこれに対する遅延損害金の賠償をなすべき義務あるものというべきであるから、原告の請求する損害金一、一一三、六〇〇円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和三七年五月一九日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払の本訴請求はすべて理由がある。
よって、原告の本訴請求を認容する。<以下省略>。
(裁判官 宍戸達徳)